矢野の概要

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集落について

集落名 写真 沿革 天保5年
の万高
明治末の土地・戸口
現在の世帯・人口
榊

旧龍野藩領榊村と門野村。矢野川の支流、榊川の流域に位置する。二つの村は明治11年に合併して榊村となる。榊村の枝郷として黒蔵村がある。

[由来]この地域には榊の木が多くあり、古来から室津の加茂神社の祭に神木の榊を供奉していたことから、榊村、この榊を持って出る出口にある村を門野と称するようになったという。

157石 768町4反491人
61世帯・172人
釜出 釜出

旧尼崎藩領釜出村。矢野川の最上流に位置し、龍野市菖蒲谷と境を接する。

139石 381町4反・47戸249人
11世帯・36人
金坂
(かねさか)
榊

旧尼崎藩領金坂村。矢野川にそそぐ金坂川沿いの小谷に立地する。

76石 157町6反・27戸138人
15世帯・31人
能下
(のうげ)
榊

旧安志藩領能下村。矢野川の支流能下川沿い、相生市最北部にある集落。

秦河勝の愛犬を弔ったと伝えられる犬塚がある。

72石 346町3反 35戸179人
13世帯・26人
中野 中野

旧尼崎藩領中野村。集落は矢野川を挟んで両側に分布する。

154石 120町5反・36戸186人
21世帯・60人
榊

旧尼崎藩領森村。矢野川が能下川と合流して直角に南に流れを変える狭隘部にある。旧矢野村総鎮守で磐座神社や、赤松則祐が新田義貞の軍を迎えて立て籠もった感状山城など史蹟が多い。

114石 94町2反 29戸146人
29世帯・88人
瓜生
(うりゅう)
榊

旧尼崎藩領瓜生村。1889年(明治22年)に誕生した旧矢野村の役場が置かれた。東所、西所の二つの隣保に分かれ、さらに東所北・南、西所北・南、鍛冶屋の五つの講中に分かれる。赤松氏の一族を供養したと伝えられ、室町時代につくられたと推定される十六羅漢などからなる瓜生羅漢石仏がある。

157石 987戸448人
56世帯・180人
上(かみ) 榊

旧尼崎藩領上村。瓜生の東に隣接し、矢野川の対岸にも広がる。

264石 33町1反・51戸223人
48世帯・154人
菅谷
(すがたに)
榊

旧安志藩領菅谷村。瓜生の南にあり、瓜生との境界には「土手」とよばれる石組みの盛り土がある。南縁に三濃山山王神社の鳥居が立っている。

205石 64町6反・31戸167人
23世帯・72人
二木
(ふたつぎ)
榊

旧龍野藩領二木村。東西に流れる二木川の小谷にあり、集落内を古山陽道が通る。

324石 330町8反・77戸413人
79世帯・184人
小河
(おおご)
榊

旧竜野藩領小河村。1702年(元禄15)の「播磨国郷帳」には小河村枝郷として東小河村の記載がある。矢野川の支流である小河川に沿って点在する集落のほかに,古山陽道に観音と呼ばれる集落がある。集落の南辺を県道姫路・上郡線が、小河川沿いに県道多賀・相生線が通る。

472石 562町2反・135戸656人
76世帯・254人
上土井 榊

旧龍野藩領上土井村。矢野川支流の小河川沿いに立地し、南北に県道多賀・相生線が通る。

238石 168町8反・49戸267人
30世帯・78人
真広 榊

旧龍野藩領真広村にあたる。昭和29年以前は「さねひろ」と呼ばれていた。矢野川と二木川の合流点、県道姫路・上郡線と主要地方道相生・山崎線の交差する地点に位置する。

490石 114町3反・56戸255人
41世帯・283人
下田 榊

旧尼崎藩領下田村と安志藩領下頃村が明治11年に合併して下田村となり、明治22年に矢野村大字下田になる。

下田村220石
下頃村 38石
31町6反・70戸291人
79世帯・229人

平成23年3月現在

行事予定

行事・イベント内容 場所
1月 とんど 町内各集落
3月 「犬塚」周辺清掃活動 能下「犬塚」
4月 矢野町音楽祭「おてらdeらいぶ」 町内5か寺、矢野小学校
8月 矢野町ふれあい納涼祭 矢野小学校
10月 秋祭り 町内各集落
11月 もみじまつり 羅漢の里、瓜生沿道

組織について

矢野町まちづくり推進委員会

矢野町まちづくり推進委員会組織図

 

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